パソコン不要世代

01コンピューター

2016.6.25

パソコン不要世代に思うこと

 思い起こせばもう35年も昔になるのか。旧村での「産業祭」というイベント(今もやっていますが)で、江川崎の電気屋さんが「パソコン」を展示してデモを行っていました。パナだったかシャープだったか忘れましたけど、16ビットMS-DOSではなく、8ビットBASICマシンだったはず。FDDもなく、プログラムの呼び出しは「カセットテープ」という、のんびりした時代でした。

 昭和50年代。ICTなんて言葉はあるわけもなく、「マイコン」とか言っていた時代。もちろん市販ソフトやフリーソフトもなく、使いたければ「マイコン」買って、BASICなどでプログラムを作って動かさないといけない。おまけにお値段も覚えていませんが相当なものだったと思います。つまり、誰でも気軽に使えるような機械ではなく、動作原理や動かすための言語が分からないと使えないという代物でした。もちろん、我が家にはそんなもの買えるような余裕はなく、手の届かない夢の機械だったのです。

 昭和60年代・・高専時代。パソコンの主流はやはりBASIC。授業で使ったPCは日立(だったと思う)の8ビットマシンで、画面のドットも荒く英数字さえギザギザに見えるという、今では考えられないような低スペック。しかし学生の私たちは、そんな機械でも十分に動くような「簡単な」プログラムしか書きませんでした(いや、書けなかった(^_^;))。なにせ主に使っていたのは、パンチカードをタイプしてカードリーダーに流して動かすFORTRAN大型機だったので、パソコンはおまけのような存在でした。それでも寮や教官の研究室には16ビットMS-DOS機があり、課題の計算をしたり卒業研究に使ったり、そしてこっそりと「信長の野望」で遊んだり。このころはNECのPC-98が国内パソコンシェアをほぼ独占していましたね。AドライブにMS-DOSのシステムディスクを入れてFDDから起動し、データはBドライブに保存する。FDの容量640KB~1MB。なんとものどかな時代であったと思います。

 その後就職した職場でも、オフィスのICT化(このころはOA化と言っていました)は進んでおらず、文書は手書きもしくはワープロ、罫紙に縦線引いて表を作る、図面はセクション用紙に手書きが主流です。そんな中にもPCがぼちぼち使われ始めており、興味のある職員は自前でデスクトップPCを購入して「持ち込み」で使っていたという、今では考えられないようなことをしていました。まあ、情報がほとんど電子化されていない上に、ネットワークやインターネットも全く使えないスタンドアロン環境だったので、情報漏洩リスクは今の時代よりもはるかに少なかったのではないかと思います。

 しかし、Windows95の登場以降、急速に情報化が進みます。特に国が情報化の旗振りをし、県が絡んだ「情報スーパーハイウェイ構想」というのが始まってからは、メールのやりとりやwebの活用が当たり前になってしまい、使いこなせない年配の職員が苦労をしていたのを思い出します。メールやweb、エクセル・ワードの使い方研修も盛んに行われました。これ以降、職場の机にはPCが一人一台必ず配置され、仕事と言えばPCのキーボードを叩くことになっていったように思います。建設部署においてもCALS/ECが始まり、CADが公式に導入されドラフターや製図板、定規や字消し板、文字版が姿を消していきました。積算においても専用の積算システムが県下的に使われるようになり、手計算や表計算ソフトでの積算は終わりを告げます。

 現在のオフィスは情報化が当たり前になり、全庁的な連絡やスケジュール調整は「サイボウズ」、外部とは「メール」で行い、支所・本庁間での「web会議システム」(簡易なやつですが)も使えるようになりました。入札情報もweb掲載するのでpdf化するし、たいていの情報は大容量化したネットワーク回線を通じて、元データもしくはpdfデータでやりとりが可能になっています。環境は整ったし、バッチリじゃないの!と思いきや、そうでもない現実が起きつつあるようです。

 今時の若者は、PCではなく「スマホ」が情報伝達・情報取得の手段になっていて、LINEやSNSを使いこなすスキルには全く不自由はありませんが、PCが要らない(必要ない)時代になっていて、PCのしくみを十分に分かっていない。情報ネットワークも既にできあがっていたので仕組みも特に理解しようとしない。単文・短文を書くのはできるけど、ワードでの文章作成が苦手。エクセルで計算式を作るのが苦手。そりゃググれば「文例集」や「フリーソフト」がいっぱい出てきますからね。自らの頭を使わなくても「コピペ」やダウンロードで何とかなるみたいですから。ソフト自体が高機能化しすぎて使いこなせないことや、OSやアプリのバージョンが変わると使い方が変わることもあり、面倒になっているせいも否定はできません。パソコン使っている学生も(うちにも居ますけど・・)、パソコンですることは「動画」を見ること。ニコニコやyoutubeなどをダラダラ見るだけ。溢れる情報を「受ける」だけ。自らの考えをまとめたり、理論を確かめるために計算したりという、能動的な使い方はほとんどできていません。授業や課題をやるときにはそういう使い方をしていることを信じたいですが・・。

 PCは道具なので、道具の使い方を覚えることだけが全てではありません。しかし、普通の道具とは違う使いこなしが必要です。情報の整理能力(デスクトップやサーバーの中が大混雑にならないことなど)も重要ですし、それ以前に、文章を書く・自分の考えをまとめて伝える・相手にわかりやすく情報を伝えるといった、情報化以前の基本的な力をつけることが必要になっています。ICTの世界は進歩するけど、使う人間の「能力」がついて行けないようでは・・という「おっさん」の思いが杞憂であることを願います。


  • 1997年に書いた、「コンピューター遍歴」がベースになってます。
  • 業務を絡めて、回顧録になってますね。おっさんだ。
  • 2016年頃、パソコンを使えない若者というニュースを見て衝撃を受けました。
  • 2022年現在、完全にオフィスの道具として浸透しているパソコン。かつてのようなホビーマシンではなくなってます。
  • PCを感じさせず、データ処理が行える時代が来るのか、来ないのか。どうなんでしょうね。

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