ICTからAIへ・・おっさんの杞憂

01コンピューター

2019.1.14

ICTからAIへ

 職場に電子計算機が本格導入されて四半世紀が過ぎようとしています。やれOA化だITだICTだと国も音頭を取って、かなりの事務分野で電子化機械化が進みました。省力化され機械化されて楽になった部分はありますが、職場も家庭も本当に「豊か」になったのかな。電子機器に振り回されているような気もしますけど。

おっさんは昔を振り返る

 かつての行政職場では、「罫紙」や「伺い書」の印刷されたものに「手書き」して、伺い書や説明資料を作っていました。私が旧村役場に入った平成2年頃は、それが当たり前。それ以前は、新人に叩き込まれたのは「数字」の正しい書き方だったとのこと。7や2,4と9、6と8を間違って伝えないためにも、きれいな数字ではなく「正しい」数字を書くことを厳しく求められたと聞いたことがあります。ひらがなカタカナや漢字はともかく、「金額」や「数量」に直接影響がある数字は、送り手の情報が正しく受け手に伝わることが絶対条件でありました。

 もちろんこの時代は工事用の図面も手書きです。公共ドラガー用紙に、裏から表からシャープペンシルで手書きです。地盤線と構造物の線が間違いなく施工者に伝わることはもちろん、寸法や数量計算の数字も正しく書くことを求められていました。図面の複写はジアゾコピー(青焼き)で、着色は色鉛筆での手作業。枚数が多い場合は複数人で手分けして「塗って、こすってぼかして」の作業を行っていました。積算も手計算です。手書きで単価表から明細表、内訳書、総括表、表紙を作成し、設計書が複数必要な場合の複写はカーボン紙を使っての「浄書作業」という、超アナログな世界でした。設計書の審査などは直接中村や高知まで書類を持参し、サインや印鑑をもらって帰るという一日かかりの仕事でした。

 そんな中にもPCがぼちぼち使われ始め、興味のある職員は自前でデスクトップPCを購入して「持ち込み」で使っていたという、今では考えられないようなことをしていました。取り扱う情報はほとんど電子化されていなかったし、インターネットも全く使えないスタンドアロン環境だったので、電子化による情報漏洩リスクはほとんど考えていなかったのではないかと思います。

 しかし、Windows95の登場以降、急速に情報化が進みます。IT化、ICT化により職場の机にはPCが一人一台必ず配置され、手 書きの仕事はPCのキーボード入力やマウス操作に姿を変えました。電話やFaxで行っていた行政庁間や民間との連絡も、電子メールが主体となってきます。通信回線の大容量化に伴いやりとり可能な情報は肥大化し、今まで冊子で配布されていた書類(基準書、法令、条例規則など)も、各自のPC端末から閲覧することが当たりまえになりました。

ついにAIの時代か?

 そして2016年頃からの「第三次AIブーム」です。ネット上から蓄積された膨大な「ビッグデータ」を「ディープラーニング」手法により解析し、最適解を求める方法により、AIが人間の記憶力や判断力を遙かに超える能力を持つようになりました。10年後には従来人が行っていた作業や仕事の多くをAIが代わって行うようになるかもしれない。さらに不気味なのは、人間の動きにかなり近い人型ロボットの登場です。アメリカの「ボストン・ダイナミクス」という会社が発表した「アトラス」に代表されるような、バック転やジャンプをし、障害物をよける高機能なロボットの実用化が始まろうとしています(これはAIソルジャーになるのかもしれませんが・・)。日本ではホンダのアシモが有名ですが、石黒浩(大阪大学教授)の「ジェミノイド」など、人の動きだけでなく表情までマネしようとするものもでています。

 AIとこれらのロボットが融合し広まったらどうなるのか?いや、無理に人型ロボットが出てこなくても構わないでしょう。豊富で正確な記憶情報に基づいて、多くの事例に則り最適解を出し、疲れ知らずで仕事をする機械が職場に広まったらどうなるんでしょうね。下手をすると各課にいる人間は1~2名で部下は全部ロボットやAIという時代もあるのかもしれません。もちろんAIやロボットが仕事をすることで、助かる分野もあるとは思います。自動運転のバスやトラック、宅配、介護・看護の現場、建設工事現場、農業での収穫作業など、労働力が不足したり、危険できついといわれる仕事は取って代わられる可能性はあるのでしょう。事務仕事も「書類回議」や「押印決裁」がなくなれば、それこそ電子データでのやりとりだけで意思決定がなされるようになれば、人に代わってPC内の「事務システム」がばんばん仕事をまわすことは可能になるはずです。

 そうなると、いくら人工自然減社会になったとはいえ、多くの仕事がAIやロボットにより行われるようになったら、われわれ人間はなにをするべきなのか?余暇や趣味に時間を割けるじゃないかという声もありますが、ジョブがあってこその余暇でしょう。ましてや収入がないと余暇も趣味もあったもんじゃないですよね。どうやって生活の糧を得るか、食べていくか。AIやロボットの保守関連で新しい仕事が生まれることを祈るしかないのでしょうか。そうなってくると、人間は誰のために何のために働いているのか訳がわからなくなってきます。人間に取って代わったAIや機械の保守点検を人が行う。何のために?機械が正確に動くために?それは誰のため?機械が動くのは誰のため?・・・疑問が尽きません。

 そのうちAIを備えた高度な(電子)機械が世の中に普及し、これに頼らないと人間が生活できなくなったとします。電子機器は電磁波(人為的なものや自然現象によるもの)やサイバーテロ、悪意のある人間からの乗っ取りで作動しなくなったり誤動作したり、人間に牙をむくようになったとしたら・・・・。高度化した電子機器文明は脆くも崩れてしまうのかもしれません。文明社会が複雑化すればするほど、リスク対応もますます高度なものにしないといけないのでしょうが、これらのシステム管理者ならリスク管理について考えることもあるでしょうけど、末端ユーザーは果たして対応できるのか。スマホがネットワークに接続できなくなっただけで、数万人に影響が出たソフトバンクの例を見ても明らかでしょう。複雑化したAI文明に慣れきってしまい、自ら考え生き抜くための知恵すらなくなってしまった人類には、AIが動かなくなった後の世界を生き抜くだけの能力は残されているのでしょうか。インドやアマゾンの「未接触部族」の皆さんが、将来は地上の覇者になるのかもしれません。

 スピルバーグの「A.I.」という映画がありましたが、将来地球にやってきた異星人が、長い眠りの中にあったロボットの記憶の中から「地球人」について知るというような世界にはなって欲しくないですね。ICTの世界は光陰矢のごとしですが、「おっさん」の思いが杞憂であることを願います。


  • うーん、複数回に及んで過去を懐かしむ内容はおっさんの証拠かも。
  • この頃、AIの進化が特異点(シンギュラリティ)を超えると、恐ろしいことが起こるといわれていました。
  • 今のAIは本当に自分で考えるのではなく、ビッグデータの中から正規分布の最頻値を求めるようなものなので、あらゆる分野・場面で人間を凌駕することにはならないと言われています。
  • AIの学習方法に新たなブレイクスルーが起こったら、状況が一変するのかもしれません。

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